あの頃、
私はたくさんの人の話を
聴こうとしていました。
不登校を支援する塾の先生。
相談機関の先生。
息子のことを診てくださる先生。
でも、正直に言うと、
話が頭に入ってこないことが
よくありました。
先生が何かを話してくださっている。
大切なことを言ってくださっている。
そう分かっていても、
心がどこか遠くにあって、
言葉が滑っていくようでした。
相談にかかるお金のこと。
仕事のこと。
明日のこと。
頭の中はいつも、
別のことでいっぱいでした。
あるとき、
息子に関わってくださっている方に、
こう言われたことがあります。
「お母さん、もっと仕事をセーブして。
もっとお子さんを見てあげてください。」
その言葉は、
正しかったと思います。
でも当時の私には、
その言葉を受け取る場所が
ありませんでした。
職場でも、
同じことが起きていました。
心に嵐を抱えた子どもたちに
寄り添おうとしながら、
どうすればいいのか、
分からないままでいました。
家でも、職場でも、
私は
誰かの声を聴こうとしている
つもりでいました。
でも本当は、
表面をなぞるだけで、
深いところでは
受け取れていなかったのだと思います。
でも今なら分かります。
私が聴けなかったのは、
周りの声だけでは
ありませんでした。
私は、
自分自身の声を
聴けていなかったのです。
自分の声が聴けないとき、
人は、誰の声も
本当には聴けないのかもしれません。
ーAmelie
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