息子が一番深く沈んでいた時期を、
私は心の中で
「海溝」と呼んでいます。
息子は、
ほとんど部屋から
出ることができませんでした。
私への言葉も、
部屋の壁も、
傷が深まっていきました。
家の中は、
いつも張りつめた空気に
包まれていました。
そんな中でも、
ほんのわずかですが、
外の世界とつながる糸が
ありました。
ひとつは、皮膚科の病院です。
肌が荒れてしまうので、
数か月に一度、
薬が切れて
どうしようもなくなったときだけ、
病院へ行くことがありました。
もうひとつは、
オンラインで話を聞いてくださる
一人の年配の先生でした。
息子は、
その先生とだけは、
話すことができていました。
今振り返ると、
あの海溝の
一番深い場所にも、
外の光が
ほんの少しだけ
差し込んでいたのだと思います。
ーAmelie
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