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  • 心療内科の先生に叱られた日

    この記事に登場する「心療内科の先生」は、
    息子が以前通っていた病院の先生です。

    今、私たちがお世話になっているカウンセラーの先生や心療内科の先生とは、
    別の方であることを、はじめに書いておこうと思います。

    今日のブログは、少し勇気を持って、書いています。


    昔、息子が通っていた心療内科の先生に、
    強く叱られたことがあります。

    当時の私は、仕事に押しつぶされそうになっていました。
    毎日なんとかやり過ごしているだけで、
    心も体も、限界に近かったのだと思います。

    そんな私を見て、息子が言いました。

    「お母さんも、病院に行ったほうがいいんじゃない?」

    そして、私の代わりに、
    心療内科の予約まで取ってくれました。

    本当は、親がするべきことだったのに。
    私はそれすら自分でできないほど、
    疲れていたのだと思います。

    そして、診察の日。

    先生は、私の話を少し聞いたあと、
    静かに、しかしはっきりと言いました。

    「息子さんに心配をかけて、
    まるで彼氏のような役割をさせている。
    そんな無責任な母親を、僕は治療できません。」

    私は、何も言えませんでした。

    でも、その言葉の意味は、よく分かりました。

    親の不安や苦しさは、
    結局いちばん近くにいる家族に落ちていきます。

    そして多くの場合、それを受け止めるのは子どもです。

    本当は、守られる側のはずの子どもが、
    親を支える側になってしまう。

    先生は、そのことを言いたかったのだと思います。

    私はそのとき、涙も出ませんでした。

    ただ、帰りの電車のホームに立ちながら、
    このまま線路に落ちてしまいたいような気持ちになっていました。

    あのとき、私はそれほど追い詰められていました。

    でも今、こうして言葉にできています。

    あのときの先生の言葉は、とても厳しいものでした。
    でも今振り返ると、あの怒りの中には、
    息子を守ろうとする気持ちもあったのではないかと思います。

    人はときどき、
    誰かを守ろうとするとき、
    とても厳しい言葉を使うことがあります。

    あの日の出来事は、
    今でもときどき思い出します。

    そして思うのです。

    人は、自分の苦しさを、
    いちばん大切な人に落としてしまうことがあるのだと。

    それは、決して望んでいるわけではないのに。

    そしてあの日もまた、
    私の長い「寄り道」の途中にあった
    ひとつの出来事だったのだと思います。

    もし今、同じような場所にいる方がいれば、
    どうか一人で抱え込まないでください。

    — Amelie




    The Day a Doctor Scolded Me

    A note before reading:
    The doctor mentioned in this article is the physician my son was seeing at the time.
    He is not the counselor who has been supporting me for the past four years.
    They are different people.

    I am sharing this story with a little courage, and from a place of healing rather than crisis.

    There was a day when the doctor my son had been seeing spoke to me very sternly.

    At the time, I was on the verge of being crushed by work.
    I was barely getting through each day, and looking back now, I think both my heart and my body were close to their limit.

    Seeing me like that, my son said quietly,

    “Mom, I think you should see a doctor too.”

    Then he went ahead and made the appointment for me himself.

    It should have been something I did as the parent.
    But I was so exhausted that I couldn’t even manage that on my own.

    The day of the appointment came.

    After listening to me for a short while, the doctor spoke quietly, but very clearly.

    “You are worrying your son and asking him to take on a role that is far too close to that of a partner.
    I cannot treat a mother who is being that irresponsible.”

    I couldn’t say a word.

    But I understood exactly what he meant.

    A parent’s anxiety and pain eventually fall on the family members closest to them.
    And in many cases, it is the children who absorb it.

    The child who should be protected
    ends up becoming the one doing the protecting.

    I believe that was what the doctor was trying to say.

    I didn’t cry in that moment.

    But standing on the train platform on my way home,
    I felt completely lost, as if I wanted to disappear from everything.

    I was that exhausted. That overwhelmed.

    And yet today, I am here, able to put those memories into words.

    Looking back now, his words were very harsh.
    But I also believe that behind that anger, there may have been a sincere wish to protect my son.

    Sometimes, when people are trying to protect someone they care about,
    they reach for very hard words.

    I still think about that day from time to time.

    And when I do, I find myself thinking this:

    People sometimes let their pain fall onto the ones they love most.
    Not because they want to,
    but because they simply don’t know where else to put it.

    If you are reading this and find yourself in a similar place,
    please know that you do not have to carry it alone.

    When you are struggling,
    it does not mean you are weak.

    It may simply mean that you have been trying, for a very long time, to keep going.

    And that day, too,
    was simply one moment along the long, winding detour
    that has been my life.

    — Amelie

  • 子どもの行動はサイン

    息子のことも、
    教室の子どもたちのことも、
    どうしていいのか分からなくなっていた時期がありました。

    当時、私のクラスはどこか落ち着かなくて、
    小さなトラブルが毎日のように起きていました。

    子ども同士の言い争い。
    つい出てしまう嘘。
    教室の空気がざわざわしているような日もありました。

    家に帰れば、息子も苦しそうでした。

    学校でも、家でも、
    私はただ出来事に対応するだけで精一杯で、
    「どうすればうまくいくのか」という答えを
    必死に探していたように思います。

    そんなころに出会ったのが、
    心理学者の
    河合隼雄先生の本でした。

    「子どもの宇宙」という本で、
    子どもと家族、子どもと秘密…と様々な視点から、
    子どもたちの世界の広さと深さについて書かれた本でした。

    とにかく、
    子どもの心を知りたくて
    夢中になって、
    読みました。

    その本から、私は、
    こんなメッセージを受け取りました。

    問題に見える行動の奥に、
    その子なりの心のメッセージがあるかもしれない、と。

    そんな見方は、
    当時の私にはとても新鮮でした。

    もちろん、
    その本を読んだからといって、
    すぐに何かが変わったわけではありません。

    相変わらず、
    迷ったり、焦ったりする毎日でした。

    でも今になって思うことがあります。

    あのころの息子の姿も、
    そして教室の子どもたちの姿も、
    何かのサインだったのだ、と。

    最近、
    そのころ読んだ本を
    もう一度、読みかえしています。

    月日がたった今、あらためて読んだら、
    きっと違うことが見えてくるのだろうと思っています。

    人生の寄り道の途中で出会った言葉は、
    時間がたってから、
    もう一度意味を持つことがあるのかもしれません。

    ーAmelie


    Children’s Behavior Is a Sign

    There was a time when I didn’t know what to do —
    not with my son, and not with the children in my classroom.

    Back then, my class somehow felt unsettled,
    and small troubles seemed to arise almost every day.

    Arguments between children.
    Little lies that slipped out.
    Some days, the air in the classroom felt restless and tense.

    When I returned home, my son also seemed to be struggling.

    At school and at home,
    I was simply doing everything I could to respond to what was happening in front of me.

    I was desperately searching for an answer —
    some way to make things work.

    Around that time, I came across the books of the psychologist Hayao Kawai.

    One of them was called The Universe of Children
    a book that explores the vast and deep world of children
    through many perspectives:
    children and family, children and secrets, and more.

    I read it with complete absorption,
    driven by one wish:
    to understand the hearts of children.

    From that book, I received a message that stayed with me.

    Behind behavior that appears to be a problem,
    there may be a message from the child’s own heart.

    At the time, that way of seeing things felt completely new to me.

    Of course, reading the book did not change everything overnight.

    I still spent my days wandering and rushing, just as before.

    But now, looking back, I sometimes find myself thinking:

    Perhaps my son’s struggles during those years,
    and the restlessness of the children in my classroom —
    all of it was a kind of sign.

    Recently, I have found myself returning to that book
    and reading it again after all these years.

    I have a feeling that now,
    with the time that has passed,
    I may see something different in its pages.

    Perhaps the words we encounter along the detours of life
    reveal their meaning only after time has passed.

    — Amelie

  • 「海溝」

    息子が一番深く沈んでいた時期を、
    私は心の中で
    「海溝」と呼んでいます。

    息子は、
    ほとんど部屋から
    出ることができませんでした。

    私への言葉も、
    部屋の壁も、
    傷が深まっていきました。

    家の中は、
    いつも張りつめた空気に
    包まれていました。

    そんな中でも、
    ほんのわずかですが、
    外の世界とつながる糸が
    ありました。

    ひとつは、皮膚科の病院です。

    肌が荒れてしまうので、
    数か月に一度、
    薬が切れて
    どうしようもなくなったときだけ、
    病院へ行くことがありました。

    もうひとつは、
    オンラインで話を聞いてくださる
    一人の年配の先生でした。

    息子は、
    その先生とだけは、
    話すことができていました。

    今振り返ると、
    あの海溝の
    一番深い場所にも、

    外の光が
    ほんの少しだけ
    差し込んでいたのだと思います。

    ーAmelie

  • 「聴けなかった頃の私へ」

    あの頃、
    私はたくさんの人の話を
    聴こうとしていました。

    不登校を支援する塾の先生。
    相談機関の先生。
    息子のことを診てくださる先生。

    でも、正直に言うと、
    話が頭に入ってこないことが
    よくありました。

    先生が何かを話してくださっている。
    大切なことを言ってくださっている。

    そう分かっていても、
    心がどこか遠くにあって、
    言葉が滑っていくようでした。

    相談にかかるお金のこと。
    仕事のこと。
    明日のこと。

    頭の中はいつも、
    別のことでいっぱいでした。

    あるとき、
    息子に関わってくださっている方に、
    こう言われたことがあります。

    「お母さん、もっと仕事をセーブして。
     もっとお子さんを見てあげてください。」

    その言葉は、
    正しかったと思います。

    でも当時の私には、
    その言葉を受け取る場所が
    ありませんでした。

    職場でも、
    同じことが起きていました。

    心に嵐を抱えた子どもたちに
    寄り添おうとしながら、
    どうすればいいのか、
    分からないままでいました。

    家でも、職場でも、
    私は
    誰かの声を聴こうとしている
    つもりでいました。

    でも本当は、
    表面をなぞるだけで、
    深いところでは
    受け取れていなかったのだと思います。

    でも今なら分かります。

    私が聴けなかったのは、
    周りの声だけでは
    ありませんでした。

    私は、
    自分自身の声を
    聴けていなかったのです。

    自分の声が聴けないとき、
    人は、誰の声も
    本当には聴けないのかもしれません。

    ーAmelie

  • 真っ暗なトンネルの中で|寄り道ダイアリー

    あの頃の息子は、
    まるで別の時間の中に
    いるようでした。

    夜中に目が覚め、
    朝になっても眠れない。

    気がつくと、
    昼と夜が
    ゆっくりと逆転していきました。

    体にも、
    その影響が出始めていました。

    肌が荒れ、
    当たり前にできていたことが、
    一つずつできなくなっていきました。

    お風呂に入ること。
    外に出ること。
    誰かと話すこと。

    それらが、
    息子にとって
    どれほど苦しみを感じるものに
    なっていたのか。

    あの頃の息子にとって、
    一日を生ききることが、
    どれだけで力を尽くすことだったのか、
    今なら分かります。

    でも当時の私には、
    それが分かりませんでした。

    「なぜできないの。」
    「いつまでこうしているの。」

    そんな言葉が、
    心の中をぐるぐると
    回り続けていました。

    そんな中、
    一人のお医者さんに出会いました。

    皮膚科の先生でした。

    その先生は、
    皮膚の状態だけでなく、
    一人ひとりの話を
    ゆっくり聞いてくださる方でした。

    診察室では、
    最低でも二十分ほど、
    患者さんの話に耳を傾けてくださいます。

    息子の肌の状態を
    丁寧に診てくださりながら、
    先生はこう言いました。

    「体は、心の状態を
     正直に表しているんですよ。」

    その言葉が、
    私の胸に静かに刺さりました。

    息子の体は、
    息子の心の声を、
    私に伝えようとしていたのでしょう。

    真っ暗なトンネルの中に
    いたのは、
    息子だけではありませんでした。

    私も、
    同じトンネルの中に
    いたのだと思います。

    ただ、
    私たちは
    同じトンネルにいながら、
    お互いの姿が
    見えていませんでした。

    ーAmelie



    In the Middle of a Dark Tunnel

    Back then, my son seemed to exist in a completely different flow of time.

    He would wake in the middle of the night, and when morning came, sleep still wouldn’t find him. Gradually, almost without my noticing, his days and nights quietly reversed themselves.

    His body began to show the strain.

    His skin grew rough. The things he had once done without thinking began to fall away, one by one.

    Taking a bath. Stepping outside. Talking to someone.

    I understand now just how much those things must have cost him. How simply making it through a single day was, for my son at that time, an act of giving everything he had.

    But back then, I didn’t understand.

    Why can’t you just do it. How much longer is this going to go on.

    Those words circled endlessly inside me, even when I didn’t say them out loud.


    It was around that time that we met a doctor.

    A dermatologist.

    He was the kind of doctor who didn’t just look at the skin — he took time to truly listen to each person. In his examination room, he would spend at least twenty minutes with every patient, simply hearing them out.

    As he carefully examined my son’s skin, he said something I have never forgotten.

    “The body is always honest about the state of the heart.”

    Those words landed quietly, somewhere deep in my chest.

    My son’s body had been trying to tell me something. It had been carrying his heart’s voice, and offering it to me — if only I had known how to receive it.


    The one lost in a dark tunnel was not only my son.

    I was in that tunnel too.

    We were walking through the same darkness, he and I. And yet somehow, we couldn’t see each other at all.

    — Amelie

  • 良くないループの中で

    息子が学校へ行けなくなってから、
    私は「何とかしなければ」と
    思い続けていました。

    家でただ待っているだけではいけない。
    何か方法があるはずだ。

    そう思って、
    いろいろなところを探しました。

    不登校の子どもを支援している塾。
    相談機関。
    お医者さん。

    「ここなら変わるかもしれない」

    そんな期待を抱いて、
    申し込みをしました。

    けれど、
    息子は結局、
    塾へも
    相談機関へも
    お医者さんへも
    通うことができませんでした。

    契約したお金だけが、
    そのまま消えていきました。

    それでも私は、
    また次の場所を探しました。

    今思い返すと、
    私はどこかで
    焦っていたのだと思います。

    息子の気持ちよりも、
    「どうにかしなければ」という
    自分の不安の方が
    大きくなっていたのかもしれません。

    もちろん、
    出会えたことに感謝している塾も
    相談機関も
    お医者さんも
    ありました。

    でも、
    そうではない出会いもありました。

    私は外へ外へと
    答えを探し続けていました。

    どこへ行けばいいのか分からないまま、
    遠くへ行けば、
    きっと何かが見つかると思っていました。

    でも今思えば、
    私は小さな輪の中を
    ぐるぐると回り続けていただけだったのかもしれません。

    外へ向かっていたつもりなのに、
    どこにも進めていなかった。

    あの頃の私は、
    そんな「良くないループ」の中に
    いたのだと思います。

    でも今は、
    そのループの中にいたことに
    気づくことができました。

    気づくことが、
    抜け出す最初の一歩なのだと
    今の私は思っています。

    ーAmelie


  • 「守るから」と書いた日のこと

    その日、
    息子は塾へ行くことが
    もうできませんでした。

    それから、
    中学受験だけは受けてみようと
    三つほど学校を受験しました。

    けれど、
    勉強はほとんどできていませんでした。

    結果は、
    全部、不合格でした。

    日本に帰ってきた頃、
    息子は小学校四年生の後半でした。

    学校では
    「二分の一成人式」という行事があり、
    親から子どもへ手紙を書くことになりました。

    そのとき私は、
    こんな言葉を書きました。

    「どんなときも、
     お母さんがあなたを守るから。」

    あのときの私は、
    本当にそう思っていました。

    でも今振り返ると、
    私はそれができていなかったのではないか、
    と思います。

    仕事に追われ、
    余裕のない毎日の中で、
    息子の声を
    ちゃんと聴いてあげられていなかったのでは
    ないか、と思うのです。

    「本当に、ごめんね。」

    そんな思いが、
    今でもふと
    こみ上げてくることがあります。

    涙がこぼれてしまうこともあります。

    でも今の私は、
    その「ごめんね」という気持ちを
    ちゃんと感じられるようになりました。

    感じることから、
    逃げなくてもよくなってきた。

    それだけで、
    少しだけ前に進めている気がしています。

    ーAmelie

  • 不登校の朝、怒鳴ってしまった私へ——教師の母があとから気づいたこと

    このブログを書くことは、
    あの頃の出来事を一つ一つ綴ることで、
    自分自身と、もう一度向き合う作業でもあります。

    朝。

    布団から出てこない息子に、
    何度も声をかけていました。

    最後には、怒ってしまう。
    そんな繰り返しでした。

    「ちゃんとしてよ。」
    「いいかげんにしなさい。」

    言葉を重ねるほど、
    声だけが空回りしていくようでした。

    あのときの私は、
    ただ必死でした。

    学校で教師をしている私が、
    自分の息子を学校に行かせられない。

    どうしたらいいのか分からない。
    このまま学校へ行けなくなったらどうしよう。

    心のどこかで、
    ずっと怯えていました。

    怒っていた。
    苛立っていた。

    でも、本当は
    とても怖かったのだと思います。

    そして今、
    もう一つのことに気づいています。

    あの頃の私は、
    息子の心の声どころか、
    自分自身の心の声にも
    耳を傾けていませんでした。

    「怖い」という気持ち。
    「助けてほしい」という気持ち。
    「一人では限界だ」という気持ち。

    それらをずっと、
    見ないふりをしていたのだと思います。

    今なら、
    あの頃の私に
    こんな言葉をかけてあげたい。

    「大丈夫だよ。」
    「そんなに一人で、頑張らなくていいよ。」

    そして、もう一つ。

    「あなた自身の声を、
     もっと丁寧に
     聴いてあげてもよかったんだよ。」

    ーAmelie

  • 「ちゃんとする」って何?

    昨日のブログの続きです。


    「ちゃんとしてよ。」

    次第に声は大きくなり、
    「いいかげんにしなさい。」

    ——その言葉が、
    部屋の空気の中に吸い込まれていきました。

    あの朝の私は、
    本当に必死でした。

    怒っているつもりだったけれど、
    本当は、怖かったのだと思います。

    置いていかれること。
    将来が見えなくなること。
    「ちゃんと育てられなかった」と
    言われてしまうこと。

    あのとき、
    一番「ちゃんとしてほしい」と
    思っていたのは、

    息子ではなく、
    私自身だったのかもしれません。

    そのことに気づいたのは、
    ずっと、
    ずっと、あとのことでした。

    ーAmelie

  • 塾の次に失われたもの

    朝になると、胃のあたりが重くなる。

    カーテンの隙間から光は差し込んでいるのに、
    あの子の部屋は、しんと静まり返っている。

    塾を休む日が増え、
    いつの間にか、学校も休みがちになっていた。

    朝、
    「今日は行かない」と、息子は小さな声で言った。

    私は、
    「早く起きなさい。」と、
    何度目かも分からない声を、かける。

    返事はない。

    布団のふくらみを見ながら、
    私の中で黒くて重たいものが広がっていく。

    どうして?
    いつまで?
    また今日も?

    怒りと焦りが、じわじわと湧いてくる。

    私はこんなに必死なのに。
    ちゃんと学校へ行ってほしいだけなのに。

    「ちゃんとしてよ。」

    その思いが、
    だんだん強い声に変わっていく。

    「いいかげんにしなさい。」

    ——その言葉が、部屋に吸い込まれていった。

    ーAmelie