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  • 「ちゃんとする」って何?

    昨日のブログの続きです。


    「ちゃんとしてよ。」

    次第に声は大きくなり、
    「いいかげんにしなさい。」

    ——その言葉が、
    部屋の空気の中に吸い込まれていきました。

    あの朝の私は、
    本当に必死でした。

    怒っているつもりだったけれど、
    本当は、怖かったのだと思います。

    置いていかれること。
    将来が見えなくなること。
    「ちゃんと育てられなかった」と
    言われてしまうこと。

    あのとき、
    一番「ちゃんとしてほしい」と
    思っていたのは、

    息子ではなく、
    私自身だったのかもしれません。

    そのことに気づいたのは、
    ずっと、
    ずっと、あとのことでした。

    ーAmelie

  • 塾の次に失われたもの

    朝になると、胃のあたりが重くなる。

    カーテンの隙間から光は差し込んでいるのに、
    あの子の部屋は、しんと静まり返っている。

    塾を休む日が増え、
    いつの間にか、学校も休みがちになっていた。

    朝、
    「今日は行かない」と、息子は小さな声で言った。

    私は、
    「早く起きなさい。」と、
    何度目かも分からない声を、かける。

    返事はない。

    布団のふくらみを見ながら、
    私の中で黒くて重たいものが広がっていく。

    どうして?
    いつまで?
    また今日も?

    怒りと焦りが、じわじわと湧いてくる。

    私はこんなに必死なのに。
    ちゃんと学校へ行ってほしいだけなのに。

    「ちゃんとしてよ。」

    その思いが、
    だんだん強い声に変わっていく。

    「いいかげんにしなさい。」

    ——その言葉が、部屋に吸い込まれていった。

    ーAmelie

  • 今日気づいたこと ― 立ち止まっているように見える時間

    今日は、カウンセラーさんのところへ行きました。

    息子の引きこもりの時間を、
    長いあいだ一緒に歩いてくださった方です。

    二人で話をしているうちに、
    ふと、こんな言葉が浮かびました。

    「時間は、お金のように
     銀行から引き出すことはできない。」

    誰にとっても、等しく一日は24時間。
    増やすことも、貯めておくこともできない、有限の時間です。

    今の私は、
    少し立ち止まる時間の中にいます。

    外から見れば、
    動いていないように見えるかもしれません。

    だからこそ、どこかで焦っていました。
    止まらないこと。
    動き続けること。
    空白をつくらないこと。

    それが、時間を大切にすることだと
    思っていたからです。

    けれど、この時間は
    失われているわけではない。

    これまで見ないふりをしてきた気持ち。
    押し込めてきた不安。
    「頑張らなければ」と握りしめてきた力。

    それらを少しずつほどいて、
    自分の心の声をちゃんと聴く時間。

    立ち止まっているようでいて、
    内側では確かに整理が進んでいる。

    今日気づいたのは、
    立ち止まる時間もまた、
    前に進む一つの形なのかもしれない、ということでした。

    時間が有限だからこそ、
    その使い方は一つではない。

    ぐんぐん活動することだけが、
    時間を大切にする方法ではないのかもしれません。

    ーAmelie

  • あの頃、私が恐れていたこと

    昨日のブログの続きです。

    私は「塾に行かない」という息子の言葉に動揺しました。

    でも、本当に怖かったのは、
    塾に行かないことではありませんでした。

    私が恐れていたのは――

    このまま息子が社会からこぼれ落ちてしまうこと。
    普通の道から外れてしまうこと。
    そして、
    それを止められない母親になることでした。

    私は必死でした。

    外国から帰ってきて、シングルマザーとして、
    一から生活を立て直している途中でした。
    キャリアも全然なくて、
    「頑張らなければ」という思いだけで立っていました。

    もし息子まで立ち止まってしまったら。

    私は、
    なにもかも崩壊してしまう気がしていました。

    だから、
    「行きたくない」という言葉を、
    そのまま受け止める余裕がありませんでした。

    あの頃の私は、
    息子の未来を心配しているつもりで、
    本当は、
    自分の不安から逃げたかったのかもしれません。

    今なら、少し分かります。

    恐れていたのは、
    息子の将来ではなく、
    「失敗した私」になること。

    失敗して、
    道なき道を進むことになる――
    その予感に、私の胸をざわざわしていました。

    ーAmelie

  • 「もう行きたくない」

    あの日のことを、今もはっきり覚えています。

    秋の夕方でした。
    家へ帰る道すがら、息子と二人で歩いていました。

    空は少しずつ暗くなり始めていて、
    空気も冷たさを帯びてきていました。

    そのとき、息子が言いました。

    「もう塾には行きたくない。」

    突然の言葉でした。

    私はすぐに、
    「えっ?何で?」
    と聞き返しました。

    理由を知ろうとしたというより、
    理解できなかったのだと思います。

    塾に行くことは、当たり前のことでした。
    行かなければならないものだと、信じていました。

    私は心の中で、
    無理やりにでも行かせなければ、と思いました。

    私は仕事が忙しいのに。
    こんなふうに立ち止まっている余裕なんてないのに。

    そう思いました。

    あのときの私は、
    息子の言葉の奥にあるものを、見ようとはしていませんでした。

    ただ、
    「正しい道」に戻さなければならないと、思っていました。

    けれど、今振り返ると、

    あの瞬間から、
    すべてが少しずつ変わり始めていたのだと思います。

    ーAmelie


    I still remember that day clearly.

    It was an autumn evening.

    I was walking home with my son,
    just the two of us.

    The sky had begun to darken,
    and there was a slight chill in the air.

    That was when he said it.

    “I don’t want to go to cram school anymore.”

    It came out of nowhere.

    I immediately asked,
    “What? Why?”

    Not because I wanted to understand—
    but because I simply couldn’t.

    Going to cram school was a given.
    I believed it was something he had to do.

    And in that moment,
    something inside me insisted:

    I have to make him go, no matter what.

    I’m so busy with work.
    I don’t have the space to stop like this.

    That was what I was thinking.

    In that moment,
    I wasn’t trying to see
    what lay beneath my son’s words.

    I was only thinking
    that I had to bring him back
    to the “right” path.


    But looking back now—
    I think that was the moment
    when everything quietly began to change.

    — Amelie

  • 親として崩れた日

    あの日、私は親として、完全に崩れました。

    それまで私は、
    「正しい親でいなければならない」と信じていました。

    導かなければならない。
    支えなければならない。
    立て直さなければならない。

    それが、親の役目だと思っていました。

    けれど、ある日、
    私はもう、何を信じていいのか分からなくなりました。

    言葉は届かず、
    沈黙は深くなり、
    涙がこぼれて、

    同じ家の中にいながら、
    息子の心がどこにあるのか、
    全く見えなくなっていました。

    あのとき、崩れたのは、
    息子だけではありません。

    「親であるはずの私」も、崩れてしまいました。

    ーAmelie


    The Day I Fell Apart as a Parent

    That day, I completely fell apart as a parent.

    Until then, I had believed
    that I had to be a “proper parent.”

    I had to guide.
    I had to support.
    I had to hold everything together.

    That was what I believed it meant to be a parent.

    But one day,
    I no longer knew what to believe.

    My words couldn’t reach him.
    The silence between us grew deeper.
    Before I knew it, tears were falling.

    Even though we were living under the same roof,
    I could no longer see
    where my son’s heart was.

    Looking back now,
    it wasn’t only my son who was falling apart.

    “The parent I believed I had to be” —
    she was falling apart too.

    — Amelie

  • はじめに - 寄り道ダイアリーを始めます

    はじめまして。
    「寄り道ダイアリー」を訪れてくださり、ありがとうございます。

    私は小学校で働く中で、たくさんの子ども達と出会ってきました。
    そして同時に、一人の親として、引きこもりだった息子と過ごした長い時間があります。

    その時間は、決してまっすぐな道ではありませんでした。
    立ち止まり、迷い、ぶつかり、何度も「これでいいのだろうか」と問い続ける日々でした。

    子どもを変えようとしていたはずが、
    本当に変わっていったのは、私自身でした。

    価値観が崩れ、これまで信じていたものが分からなくなり、
    それでも、自分の足で立って生きていくとはどういうことなのかを、
    少しずつ学んできたように思います。

    息子は来年度から、専門学校へ通うことになりました。
    ここに至るまでの道のりを、私はまだ、きちんと言葉にできていません。

    だからこそ、書いていこうと思いました。

    このブログでは、
    引きこもりだった息子との時間のこと、
    教師として感じてきたこと、
    そして、「生きる」ということを、
    静かに言葉にしていきたいと思っています。

    この場所が、同じように立ち止まっている誰かにとって、
    小さな灯りのようなものになれば、とても嬉しいです。

    これから、どうぞよろしくお願い致します。

    – Amelie



    Nice to meet you.

    Thank you very much for visiting Yorimichi Diary — a diary of life’s detours.

    Through my work at an elementary school, I have met many children over the years.
    At the same time, as a mother, I spent a long period of my life walking alongside my son during the years when he withdrew from the world.

    Those years were never a straight road.
    They were filled with moments of stopping, wandering, and stumbling — days when I asked myself again and again, “Is this really the right thing to do?”

    At first, I was trying to change my son.
    But in the end, the one who changed the most was me.

    My values crumbled, and the things I had always believed in became uncertain.
    And yet, little by little, I began to learn what it truly means to stand on my own feet and continue living.

    Next year, my son will begin attending a vocational school.

    Even now, I still do not feel that I have the right words to fully describe the journey that brought us here.
    That is exactly why I decided to write.

    In this place, I hope to quietly put into words the time I spent with my son during those years, what I have felt as a teacher, and what it means to live.

    If this place can become a small light for someone who may also be standing still right now, I would be very grateful.

    I look forward to sharing this journey with you.

    — Amelie